もしろ  

        臨 港 橋 (千歳運河)    
臨港橋
船舶通過時
臨港橋
信号で車は止まれ橋が跳ね上がる
臨港橋

 
   1991年(平成3年)11月に完成した

 3代目の「臨港橋」は 船舶が通るときは、

 遮断機で車を止め、 油圧ジャッキで中

 央部の橋梁を70度ほど押し上げて開く。

   所用2分30秒。

   親柱に万古焼きのタイルを使うなど周

 辺の景観にマッチした近代的な橋です。


        


                              末 広 橋 梁  (千歳運河)  国重要文化財

   臨港橋の奥にあるJR四日市港線の「

 末広橋梁」は1931年(昭和6)12月山

 本卯太郎の主宰する山本鉄工所により

 製作された 跳開式の鉄道稼働橋。

   現役で最古の鉄道可動橋として、19

 98年(平成10年)12月25日に国の重

 要文化財に指定された。

  全長58bの橋桁がワイヤーで引き上

 げられ、80度ほど跳ね上がる。



末広橋
船舶通過時
末広橋 末広橋
ホキ車が通る

潮吹き防波堤(旧港)     国重要文化財
潮吹き防波堤
   潮吹き防波堤は、1888年(明21年)の暴

 風雨や翌年の台風によって稲葉翁築造の防

 波堤が破損したため、1893年から10月か

 ら翌年4月まで県営事業で行われた「四日市

 港波止場修築工事」で築造された。


   総延長199b、旧港内を包み込むように緩やかな弧を描いた防波堤で、高さ4.7bの大堤と3.7bの

 小堤が平行する二列構造をとり、港内側の大堤には49カ所にわたって5角形の水抜き穴が設けられて

 いる。

  港外からの波が小堤で弱められ大堤で受け止められる構造で、小堤を超えた海水は両堤の間の溝

 を流れて、水抜き穴から港内へ流れ出す。この様子から「潮吹き防波堤」と呼ばれ全国的にもまれに見

 るユニークな消波技術である。

   木曽三川分流工事で名高いオランダ人水理工師;ヨハネス・デ・レーケ(1842〜1913)の計画案に

 基づくものといわれている。

   工事を請け負ったのは、左官の伝統技法 ”たたき”から「人造石」を発明した服部長七。

コンビナート群と潮吹き防波堤

コンビナート群と潮吹き防波堤

稲葉翁記念公園(旧港)   
稲葉三右衛門君彰功碑
稲葉三右衛門君彰功碑
(1902年)
波止場改築記念碑
波止場改築記念碑(1894年)
稲葉翁記念公園の一角
稲葉翁記念公園の一角
潮吹き防波堤の模型も展示

           旧港から少し外れますが・・・ 思 案 橋 碑 (浜町) 
思案橋の碑

思案橋の碑

  天正15年6月本能寺の変を聞くや泉州堺に滞在中の徳川家康は急遽京都を避け伊賀路を経て当地に至り 黄昏の土橋に立ち行く先不穏な陸路を行くか海路を選ぶか深く憂い思案に暮れた。
 その時、地元の船を仕立て夕方窃かに陸を離れた、後より追っての声のごとき海鳥の怪しい羽音が聞こえ不安な夜の渡海であったが無事尾州知多郡常滑に渡り無事浜松に帰城したと伝えられている。
 橋の名はその後に「勧進橋」、郡山私領時代に
「思案橋」と名付けられた。
 運河も通りの拡幅工事で埋め立てられ、現在は浜町の街道沿いに碑が建てられている。


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