すぽっとライト 54号 2022年1月発行 インタビュー実施日 令和3年10月14日(木曜日) しこく運輸局では、公共交通・観光業者や利用者のかたへのインタビューを行い、きちょうな意見や提言をいただいております。今回は、年齢や障がいの有無に関係なく楽しめるユニバーサルミュージアムを目指して取組みを続けている徳島県立近代美術館じょうせき学芸員の竹内利夫さんにお話をお伺いしました。 運輸局 徳島近代美術館のユニバーサルミュージアムとしての取組みが10年を迎えられたとお聞きしています。取組みを始められたきっかけを教えてください。 竹内さん それまでは研究者の学芸員ばかりだった美術館に、特別支援学校に勤務経験のあった美術教員の亀井さんが赴任して来られたんです。支援が必要な子供たちにとって美術館というところは、解説パネルが読みづらいとか、大きな声を出したらおこられるかもしれないとか、気軽には訪れることのできないイメージがある、それを改善していけたらと提案がありました。学校教育との連携は2002年から始めていましたが、その輪を支援が必要な子供たちにまで広げていきたいという思いでした。まずは展示解説に手話通訳をつけるということから始めて。2013年のことです。相手にちゃんと伝わっているか、ゆっくりと確かめながら進めていきました。そして2014年からは、視覚障がい者のかた、高齢のかた、親子連れ保育所の子供たち、様々な人達から意見を聞いて、出されたアイデアを実験的にやってみたんです。 運輸局 手話通訳での解説、視覚障がいのかたも楽しめる鑑賞会について、それぞれの内容を詳しく教えてください。参加者の反応はいかがでしたか(疑問符) 竹内さん 聴覚障がいがあって日頃手話でコミュニケーションをとっているかたの場合、美術館でも普段の手話で話したいのが本音だと思うんです。学芸員の話だけでなく、手話で感想を言い合ったり質問したりすることが大切だと思うので、発言の時間を設けています。ここ2年くらいは、手話だけでなくボディランゲージを使って、手話が分からない人も参加できる催しを企画しています。中途失聴や高齢による難聴のかた、聞こえる人にも輪を広げたいです。視覚障がい者のかたに向けてということでは、アートイベントサポーターさんと一緒に、手作りの触図の作成に取り組みました。ボンドで輪郭を作ったり、色々な材料を用いて質感を表現したり。作品を完全に理解するものとして作っているわけではなく、触図が間にあって対話を深めるきっかけになればと考えています。触れて楽しんで、少しでもわかりやすいなと感じてくれたら。何もない状態で作品を言葉だけで説明するのは大変です。触図は我流でしてね。サポーターとして参加してくれている当事者のかたに教えてもらいながら試行錯誤。当館を代表するパウル・クレーの抽象画にもチャレンジしましたよ。分かりやすい絵ばかりではなく、今流行っている絵や難しそうな絵など、みんなで同じものを見られたらと思うのです。話がはずみそうなものがあれば工夫して作成していけたらと思っています。参加者からは、積極的に鑑賞を楽しめた、自分の普段の言語で参加できたのが嬉しかったという声をいただいています。繰り返し来てくれるかたもいます。 運輸局 先ほどお話に出てきた、イベントなどの際に活躍されているアートイベントサポーターの活動についてお聞かせ下さい。 竹内さん 高齢のかた、学生のかた、障がいのあるかた、様々な人々が一緒に活動しています。サポーター登録後、やれることをやれる日に緩やかな感じでね。こちらが決めるのではなく主体性を大切に。美術館が提案してその通りにしてもらう方が効率はいいのでしょうが、亀井さんはそうはしない。どんな絵に興味を持ちそうか、それぞれ意見を出し合って皆で話し合うプロセスを欠かさないようにしています。そうすることでやりがいや信頼関係も生まれます。サポーターさんの中には、視覚障がいのかた、聴覚障がいのかたもいて、気楽に意見を言ってもらえる環境があることは強みですね。みんなで作り上げている実感がある。教え合って共有することが自然とできている。サポーターさんが進行役を務める鑑賞会も開催しました。サポーターさんの案内は学芸員の解説とは全然トーンが違うんです、魅力的ですよ。みんなが普段の自分でいられる環境こそユニバーサルですよね。 運輸局 アートの日の取組や子供たちを対象にした鑑賞会についてお聞かせ下さい。 竹内さん 「アートの日」は、近隣の保育所と連携して鑑賞や造形活動をするプログラムです。こちらも10年目を迎えました。亀井さんを中心に保育士さんのネットワークで広まり、勉強会も開かれています。参加した保育所の子供達が家庭で話題にして、休日家族みんなで来てくれたりもするんですよ。「子ども鑑賞クラブ」の方はもう20年くらいになりますか。学校連携をはじめた頃からあります。今は感染拡大防止のため申込制にして15人を超えないように気を付けています。学校が休みの土曜に45分間くらい本気で絵画を見ています。幼児や小学校低学年に美術館はまだ早いという意見の方は多いです。でも、個人的にはそれは違うと思う。子どもたちと一緒に鑑賞するのは大人にとっても非常に楽しい。子どもに解説が通じなかったらそれはこちらの負けですよ。わかる言葉で発信していくことが大事。大人が見落とすことも子どもはしっかり見ています。子どもたちは自分たちが活躍していいとなったら、どんな絵でも自分を発揮して楽しく鑑賞していけるんですよね。今の子どもたちには、英語学習やタブレットの練習など色々とすべきことがあると思いますが、実物を見る体験は大切だと感じます。「アートの日」に参加経験のある退職された保育士さんが、遠足見守り隊サポーターとして来てくれたりもするんですよ。発達障がいなど支援が必要なお子さんに、引率者とは別の立場で寄り添ってくれる。疲れたら少しその場を離れて、一緒に休憩してみんなのところに戻ったりね。ベテランの保育士さんなので頼もしい。遠足後には自主的に意見交換もされています。 運輸局 館内のウェルカムスペースや案内表示など、館内の環境整備についても教えて下さい。 竹内さん ピクトグラム、映像の試みがあります。トイレ表示だけでなく、「ようこそ」とか、「こんな絵がありますよ」とかね。そのピクトグラムがアニメーションで動きます。日本語の文字と音声以外のコミュニケーション手段を増やしていこうと思っているんです。「ここは真っ白でうるおいが無いなぁ、たとえば花のいっぽんでも生けてくれてればお迎えの気持ちが伝わるのに」と言ってくれたのはある聴覚障がい者のかたでした。作品など展示物だけで勝負してきたので、ハッとしました。こちらの「いらっしゃい、どなたもどうぞ」の気持ちを外に向かって示すことは大事なんですね。あたたかみがあって落ち着く木を選んで、くつろぎのロビーを目指しました。 運輸局 ウェブサイトも工夫されていらっしゃいますね。立体的に見られる彫刻360度や、学芸員のかたが90秒でコンパクトに解説する動画など、ステイホームが求められている今、自宅で楽しめる多彩なコンテンツは嬉しいです。 竹内さん デジタルミュージアムの試みは、今後も拡大していきたいですね。自宅や施設から出ることが難しいかたたちに向けて発信するのは、ユニバーサルミュージアムとして大切な仕事です。合わせて、実物には価値があるという考えを伝えることも大事だと考えています。これで予習していただいて、「いつか実物を見に来て下さいね、案内しますから」という見せかたを思案しているところです。いくつもの活動を並行して行っていることがいいのかもしれません。こんな風にコロナ禍で中断することがあっても、再開できそうな分野からまた始めていける。一つのところで得た経験が他に影響を与えたりもしますしね。 運輸局 多様な人々とコミュニケーションを取り、相手の想いを想像し共感する「心のバリアフリー」の推進が求められています。進めていくうえで、何かアドバイスをお願いします。 竹内さん 放っておいたら勝手にユニバーサルな世の中になって行くかといったら、そんなわけはありません。色々なコミュニケーション手段を使う人がいるということを、多くの場所で発信して、確保していかなければと思います。思いやりが大切ですが、それだけではどうしでも限界があります。今のこういった大変な世の中では余計に。バリアフリーって自分を含めたみんなに不可欠なんだなぁってみんなが考え出すように、常識を変化させていくしかないのかもしれませんね。 運輸局 当局はバリアフリーの推進の他、観光の振興にも注力しています。美術館は文化・芸術の担い手であり、観光的にも重要な施設ですよね。県外のかた、外国のかたも鑑賞会に参加されることがありますか。 竹内さん 観光客のかたも、ボディランゲージを使っての鑑賞会など、障がいの有無に関係なく垣根無く開催している鑑賞会に来てくれていたりします。外国のかたでいうと、大学で学んでいる留学生が参加していますね。就労しているかたはなかなか難しいかもしれませんが、是非来てほしい。昨年「ハローお気に入りを探そう」という展示会を開いたんです。やさしい日本語の案内を使って。でも、感染拡大が収まらず、外国人ユーザーから事前に十分な意見を聞くことができなかった。またあらためて取り組んでいきたいです。観光施設として、せっかく大きな公園になっているのだから、より多くのかたが来て下さることを目標にしたい。すぐどうにかできるものではないですが、エレベーター設備の改修や気軽に美術館に来られる交通手段が充実すればなおいいのですけれどね。 運輸局 徳島県立近代美術館の今後のビジョンや課題を聞かせて下さい。 竹内さん まだ十分に発信できてない分野を強化することからはじめたいですね。オストメイトトイレや筆談器を設置していること、車いす用の駐車場があること、休憩スペースがあることなどをもっとしっかりと伝えたい。12月の展覧会に向けて、初めて来られるかたに向けた情報を、ホームページに載せようと準備しているところです。また、感覚過敏のかたに向けて、音の静かさや光の眩しさ暗さのマップを作って公表していくことも考えています。その分野の研究者とお話しする機会があり、この美術館をチェックしてもらったら、とても静かだと。つまり響いてしまうので、声をあげてしまう人が困ることになる。お静かにという注意書きを今までしてきましたが静かすぎることのデメリットも考え始めました。お子さんだけじゃなく、高齢の人だって耳が遠くてどうしても声が大きくなる。大声をだしてしまうから行けないと思っている人に、「来て楽しんで」と伝える努力をしなければ。垣根を超えて話すのは楽しいよという事をもっとアピールしていきたい。美術館は心の活動をするところ。絵を見たり自分の中で感じたり、そうした鑑賞活動の瞬間そこにバリアはない。ユニバーサルミュージアムの取組みを始めた時から、のんびり過ごしてもらえるのが一番だと思っていました。お互いさまでいきませんかと気軽に言えるようになるのが目標です。その考えを見える化することがやはり大事。色んな立場の人に色んな方法で美術鑑賞をやってもらおうという姿勢を積極的に示していきたい。美術館にはまだまだ可能性がありますよ。 インタビューを終えて(運輸局より)現在、徳島県立近代美術館のホームページでは、駐車場から展示室までの順路、受付やトイレ、アナウンスの音声など館内の様子が地図や映像で紹介されています。来館前に確認することで不安が和らぎ、鑑賞に集中することが出来そうです。いつもどおりリラックスしてほしいという竹内さんたちの思いが伝わってきます。みんなで同じ作品・同じ時間を共有し感想を伝え合う楽しみ、ゆったりと自分のペースで巡る楽しみ、両方を味わうことができる徳島県立近代美術館は、魅力あふれる場所でした。 以上